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171-参-厚生労働委員会-20号 2009年06月30日
○谷博之君 いろいろと説明をいただきまして、ありがとうございました。若干分からないというか説明をいただきたいところがあるので、ちょっと幾つかお聞きしたいと思っておりますが。
今、説明もいただいた一番まず最後の部分の保険適用の問題なんですけれども、附則の第十一条に、この条文を読みますと、いわゆるドナーとレシピエントとのその関係について、少なくともドナー側の保険の適用によってその医療が、費用負担が行われているというふうに読めるんですけれども、現実には、この費用負担については法的脳死判定がなされた後のドナーの方に対する処置について、この附則の第十一条ではレシピエント側の医療保険の適用について触れられているかどうかについては、今申し上げたようにドナー側の医療保険で適用、負担されているというふうに書いているように読めるんですけれども、このことについて説明をいただきたいということが一つです。
それから、前後しますけれども、意思表示の確認の方法についてなんですけれども、例えば御本人がドナーに登録をして臓器提供する意思表示をしていると。そのカードも持っているけれども、例えばこういう緊急な状態になったときに、本人のもちろん意識もないわけですが、そのカードが、実は家族、周りの方が分からないところに保管をしていたと、例えば自宅のどこか引き出しの中に入れていたとか、そういうものが後になって出てきた場合に、これらについてそれはどういうふうな措置をするということになるのか。
それから三つ目は、無呼吸テスト、先ほど説明ありましたけれども、こういう無呼吸テストに代わる、特に脳幹、呼吸の中枢器官の状態を調べる、例えば別の検査でいうとSPECTという検査方法が法的脳死判定段階ではなくて臨床的脳死診断の一環としても考えられるのではないかというふうに思うんですが、これについてのお考えをお聞かせいただきたいと思います。
それから、最後になりますけれども、衆議院の委員会でも第六条の二項の問題が議論をされています。臓器移植に限って脳死を人の死と認めるということのA案提案者からの説明はあったわけですが、この「身体から移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって」というこの部分が今回削除されているわけで、しかし衆議院の委員会における議論の中ではこれを復活させてもいいというふうな法案提出者の答弁も出てきています。そして、直近の動きを見ておりますと、Aダッシュ案というのが何か出そうで、そして、この部分を、六条の二項をもう一回ここに復活させるというふうな動きがあるやに聞いていますが、これは法案提出者に聞くべき質問なのかもしれませんけれども、こういう動きがあるのかどうか、これ分かる範囲でお答えいただければ有り難いと思っております。
以上、四点です。
○政府参考人(上田博三君) まず、保険適用についてはちょっと混乱させる資料を出して失礼をいたしました。
この三十ページの資料は生体間肺移植についての資料でございまして、脳死者からの移植に係る医療費につきましては、臓器移植に至るまでの脳死判定、脳死判定後の患者さんの処置、臓器を摘出する際の係る費用についてはすべて医療保険でまず賄っておりますけれども、これはレシピエント側への請求となります。
それから、ドナーカードについての御質問ございました。
これはガイドライン等でも書面で確認をするというふうになっておりますので、現実に本人が記載したものがなければやはり脳死判定に進めないということに現行法はなっておりまして、たんすの中に入っている、後で出てきたと、もうそれはちょっと時期が遅いということになりますので、できるだけ運転免許証なんかと一緒に携帯をしてもらうということを我々としてはお願いをしたいということで、まさにその場にカードがなければ、署名したカードがなければ、それは後から出てきてももうそれは脳死判定に進めないということでございますので、そういう運用をしているということでございます。
それから、無呼吸テストとSPECTでございますが、ちょっと私もここは余り専門でないんですが、SPECTそのものは脳への血流を評価をする検査だというふうに思っておりまして、そのことをもって直ちに無呼吸テストに代えられるものではないということで、やはり脳死というのは植物状態と違いまして自発呼吸がないということが大前提でございますので、そういう点では無呼吸テストはやはり脳死判定では必須のものだというふうに考えておりまして、SPECTをもしやるとすれば、追加的な検査として、脳血流を補足するものとしてやるべきものではないかというふうに私は理解をしております。
それから、最後のいわゆる衆議院で通過した案につきましては、これは衆議院の方でかなりの多数で可決をされましたので、それは我々としては尊重しなければいけないと思っておりますが、なかなか個々のことにつきましては私の口からお答えするよりは法制局なり提案者からお答えをいただいた方がいいと思うんですが。ちなみに、過去の経緯だけで申し上げますと、先ほどのお示ししました資料の成立の変遷というところがございますが、資料の二ページでございますけれども、当時の参議院の修正というのは、脳死に関する様々な意見があることに配慮して、脳死移植に際して脳死を認めると、こういう修正をした折に現下A案で入っている部分が削除をされて成立をしたと。それが今回A案では復活をしていると、このような状況にあるというふうに考えているところでございます。
○谷博之君 ちょっと重ねてお伺いしたいんですが、その一番最初の質問で私は附則の第十一条のことを申し上げました。この条文の内容は、今説明がありましたように、レシピエント側の医療保険で負担されるということになっているようですけれども、現実にはこの書きぶりが非常にドナー側の医療保険で負担されるという内容になっているように私ちょっと感ずるんですが、この附則の条文で今申し上げたような御答弁があったようなことというのはこれ理解できるんでしょうか、これ重ねてお伺いしたいと思います。
条文上、レシピエント側の保険適用には今申し上げたように触れていませんけれども、これは、大臣告示か何かでそういうふうなことになっているんでしょうか、もう少し重ねてお伺いしたいと思います。
○政府参考人(上田博三君) ちょっと検討させてください。時間をいただけますでしょうか。
○委員長(辻泰弘君) はい。
○谷博之君 それからもう一点、先ほどの説明の中で、いわゆる意思表示のドナーカードのことですが、ちょっと逆にお聞きしたいんですけれども、いわゆる移植を拒否していると、私は移植はしませんということの拒否をしたそういうカードが後で出てきた場合、例えばたんすの中に入っていたと、にもかかわらず、それが実際、先ほどのような説明で移植がそういう場合もしやれるのかどうか、もしやったときにはどう扱われるのかということについて。
○政府参考人(上田博三君) 現行法上は本人の臓器提供の意思が明確に書面でないと駄目なわけですから、現行法ではあり得ないんですが、一部腎臓とか角膜の場合には家族の承諾だけでいいということで、そういう問題が場合によっては生ずるかもしれないんですが、脳死下に関しては、現行法上はもうあくまでも本人の意思が明確に書面でなければいけない、それも現物がなければいけないということで運用していますので、そういう問題は生じないというふうに思っております。
○谷博之君 じゃ、先ほどの件で答弁お願いします。
○政府参考人(中尾昭弘君) 保険適用の問題でございますけれども、これは保険局のマターになりますので、私どもの方で必ずしも正確に把握しているわけではございませんが、診療報酬の点数表上、この移植に関するドナーの臓器の摘出経費はそのレシピエント側の点数ということで保険点数の中で取り扱われているという現状でございます。
○谷博之君 じゃ、確認。ちょっと委員長、もう一点だけ確認させて。
じゃ、この附則の十一条の内容でそのことが読み取れるということでいいわけですね。
○政府参考人(中尾昭弘君) 済みません。私、保険局の担当でございませんので、正確なところはまたきちんと調べますけれども、今の扱いはそのような形で保険点数上なっているということで承知をしております。附則十一条との関係につきましてはちょっと改めてきちんと整理をさせていただきたいと思います。
(中略)
○谷博之君 今日はありがとうございました。
今までの質問の流れにちょっと関連するんですけれども、我々が医療の面では分からないというか、そういうところ、立場はあるんですけれども、臓器移植に、提供に、そういう意思表示をしてドナーに登録するというときに、そういう方が臓器提供というそういう状況になったときに、これ、医療の面では恐らく、できるだけ新鮮な臓器をいわゆる移植するというのが第一義的な条件だろうというふうに我々は考えているんですけれども、そういう中で、当然そこのところが、いわゆる早過ぎる脳死判定の危険性というのが絶えず指摘されるというか、そういう議論があると思うんです。
それをどうするかということで、今、藤原先生がいろいろと御説明をいただいたわけなんですけれども、今申し上げたように、いわゆる今までの臓器移植法がずっとこの間、例えば世論の理解を求めるそういう活動をし、そしてまた、臓器移植法の立法化によって、まあ八十一例が多いか少ないかは別として、いろんな実績を積み重ねてきたと。ある意味では、今は第三段階に来ているんじゃないかなというふうに私は思っていますけれども、そういう段階で社会的な合意を得るために、つまり臓器移植における多くの危険性を、リスクを回避する歯止めとして、私はやっぱりこれからも、本人の意思といいますか、本人が臓器を提供するというそういう意思をしっかり持っているということがいろんな危険性を回避する歯止めになるんじゃないかなというふうに私はちょっと考えたりしているところがあるんですけれども、今回は、法改正によってそこのところが変わってくるわけ、A案という案ではそういうことになっているわけですけれども、先生はいわゆる本人の同意、本人の意思、こういうものについて、これからもそれが必要であるか、あるいはそうではなくても家族の同意でそれは対応できるというふうに考えておられるのか、そこのところの考えをちょっとお聞かせください。
○参考人(藤原研司君) 私、検証会議の座長というのは、余り個人的な意見を述べないということで、できるだけ公平な立場で申し上げる立場とは思いますが、今のお話ちょっと伺いますと、本人の意思があるのかないのかということがこれからの移植医療にとってどう考えるかと、こういう私の個人的な考えを聞かせろと、こういうことでしょうか。
検証会議の座長というニュートラルからちょっと離れて、私、繰り返しますけれども、自分でも、脳死肝移植適応評価委員会の委員長をやってきたとかいろんな意味でこの臓器移植の重要性ということを私なりに身に付けてきたつもりでおりますし、そのときに本人の意思というのが、先ほど申し上げた心情調査なんかやっても、どれをもって、どれを一番重要と考えるかということについては、全員の考え方、私は全部違うと思うんですね。恐らく、本人の意思を尊重するのかしないのかということを、例えば私個人の話しますと、私は本人の意思を尊重したい。
例えば、私自身もドナーカードを持っています。だけれども、こんな体の中から利用していただけるものなんというのはほんのわずかだろう、だけれども、それでも私の臓器を使ってやってくれるならやってほしいよと、こういうふうに思いますし、あるいはもう一つの考え方としては、そういう意味では本人の意思は生かしてほしいなという気がありますし、それに対して、乳児とか十五歳未満が本人という形で今認められないんですね。あれは、遺産相続とかいろんな観点から本人というものを幾つにするかというのは相当、前の法律のときに議論があったというふうに私、本当かどうか、間接的に伺っていますけれども、その年齢が本当に動物的な年齢だけで測れるのかという問題、本人の意思ということにはまず根底にあるかと思います。それと、問題となる乳児とか幼児とか、こういうものとの関係ですね。
恐らく、本人の意思ではなくて御家族の意思だということになった場合の本人はどういうふうになるかと、こういうふうな御質問にも受け取れるんですが、私は御家族の子供に対する強い思いと、そして子供がだれかの体の中で臓器の一部でも生きていてほしいという御家族、当然ありますね。その言葉に表現しない乳児の意思というとらえ方って、御家族を介して取れるわけですね。
ですから、私が自分で本当に、私の孫のような者が同じ状況になったときには、親の気持ちも、そして私自身は、繰り返しになりますが、移植医療の重要性を評価している分だけ私ならきっと生かしてやりたいとか、そういうふうに思うだろうというふうに、何か答えにならないようで、非常に御質問自体が私難しくて、本人の意思についてと言われましても一律にお答えできなくて申し訳ございませんが。
○谷博之君 ありがとうございました。
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