国会活動報告 国民生活・経済に関する調査会 

2004年3月10日 ユニバーサル社会の形成促進について、社会福祉法人プロップ・ステーション竹中ナミ理事長、静岡県石川嘉延知事及び障害者の生活と権利を守る千    葉県連絡協議会天海正克事務局長から意見を聴いた後、各参考人に対し質疑を行いました

159-参-国民生活・経済に関する調査会-1号 2004年03月10日

○谷博之君 民主党・新緑風会の谷博之でございます。  今日は三人の参考人の方々には本当にありがとうございました。  それぞれ簡潔に具体的にお伺いをしたいと思っておりますが、まず竹中参考人、実は私は参考人が書かれている「プロップ・ステーションの挑戦」ということで「「チャレンジド」が社会を変える」というこの本、実は前に一回読んだことがございまして、改めて読ませていただきました。一番竹中参考人が述べようとしていることの内容がこの後書きのところにも書かれているような気がします。  先ほどお話ございましたけれども、いわゆるこのユニバーサル社会というのはバリアフリーだけではなくて、そこにかかわる人たちの構造改革、意識変革というのが必要なんだと。そのことがこの後書きのところにこういうふうに触れられているというふうに思うんですが、偶然とラッキーは待ちの姿勢では落ちてきませんと。棚の上のぼたもちは自分ではしごを組み立て、それを使うて取っていかなければいけないんだというようなことで書いてあります。そのはしごをスロープ状にしたら、より多くの人がまたぼたもちを取りに行くことができると。こんなような表現をされておりますけれども、このことが先ほど申し上げたというか、触れられた内容と受け止めていいのかどうか。  それともう一つは、ここに書かれておりますが、この本が出たときに、七年前というふうに書かれておりますけれども、コンピューターやコンピューターネットワークをチャレンジドの自立や就労に役立てるというNPO活動は、今は全国各地で行われていて、ボランティア活動の一つのジャンルみたいになっているけれども、このプロップがスタートしたときには、正にこれは偶然とラッキーの積み重ねというふうに大方見られていたと、こんなことも触れられておられますけれども。  実は、私どもの地元といいますか、自分の住んでいるところでも、その時期、今から十年ほど前に、このITによるそういう自立というようなことについて模索をしたそういう我々の仲間というか、障害を持つ方々のそういう動きがありましたけれども、残念ながらそれは失敗をしてしまったというふうな例もあるわけですけれども。  そういう中で、偶然とかラッキーではなくて、正にそこに当初から確信を持ってこの運動を取り組まれていったんじゃないかと思うんですけれども、そこのところの、先ほどのごあいさつというか説明の中で、より、なぜそういうふうな形で今日まで活動してこれたのかというところの本音の話といいますか、御自分のスタートからのそういうふうな信念というか、そういう考え方みたいなものが更に何かありましたら教えていただきたいということです。  それからもう一つ、先ほどITとユビキタスの技術を使ったという話もございました。  実は私は、昨年十二月にスイスのジュネーブで世界情報社会サミットという世界会議がございまして、そこに行きましたときに、実は全世界からいろんな技術者や我々みたいな国会議員も多く参加しておりましたけれども、こういうふうな障害を持つ方々とITの問題のそういう分科会がありまして、そういうところにも参加をさせていただきました。  今お触れになっておられるそういうふうな問題提起ということ、これ非常に重要だと思うんですが、分かる範囲で、世界的に他の国々がこういった課題について先進的に取り組んでおられるようなそういう事例というものがあれば教えていただきたいというふうに思っております。  それから、石川参考人にお伺いしたいのは、先ほど予算の話も質問で出ておりましたので、それは外しまして二つほどお伺いしたいんですが、一つは、この説明の資料に出ておりますけれども、当然これは県が平成十二年度から具体的に取組を始めたということ、これはこの表の事例の二ページに出ておりますけれども、知事が推進本部長になって、庁内にこういう組織を作り、あるいは推進委員会を作って取り組んでおられると。この円で囲われているわけですけれども、この円で囲われている外側ですね、この部分が私はある意味では、最後に説明いただいた七ページのユニバーサルデザイン浸透度調査というところに反映されてきているんじゃないかというふうに思うんですが。  まず一つは、この七ページの県民の認識、あるいは事業者の取組、これを二十二年までに一定の点線で目標値を挙げておられる。これは、本来は私は将来的にはこの二つの折れ線というのは高めで一致をしなきゃいけないというふうに思っているんですが、事業者の取組について二十二年に五〇%というふうに一応設定しておられますけれども、県民の認識というものが七〇から八〇近くまで上ってきていることを考えれば、この目標値というのをもう少し高めに取れないものなのかというふうに思っております。  それからもう一点は、それと関係して、六ページに県内市町村の取組というのが事例として挙げられておりますけれども、県が一番住民と接点を持つ、その市町村、そういうところとどういう連携を取って、具体的には浜松市の条例の話も出ましたけれども、そういうふうな条例の市町村における取組等も含めて、どのようにそれが連携取って行われているかということをもう少し説明をしていただきたいと思います。  それから、天海参考人にちょっと、先ほど冒頭お話をいただいた内容で一点お伺いしておきたいんですけれども、この一ページの中段の「はじめに」の一番最後の四行ですね。「ユニバーサルデザインは「高齢者・障害者または健常者等の区別なく、すべての人が利用しやすい配慮」したもの」と言われているが、「「すべての人」に共通する利便を検討するためには、個々人(もしくは集団)にとってのバリアを明らかにする事が不可欠であると考えます。」。これはもう正にそのとおり、正に同感であります。  このことを踏まえて、二ページの方に行きまして、先ほど千葉のいわゆる点字ブロックの具体例がここに出されており、その後、上から二、四、六、七行目からですか、そういう形で点字ブロックを設置したけれども、車いすの障害者にとってはがたがたと車いすが揺れて歩くときの妨げになる、あるいは交差点の段差についても、車いすの障害者にとっては絶対必要なことだけれども、視覚障害者にとっては歩道と車道との境界が分かりにくくなる。  つまり、全体のそういうふうな中でのバリアフリーの問題と、個々の、あるいは集団のそれぞれの障害の程度、内容によって生ずるその問題、これは非常に、この文章の中では、障害の種類や程度を超えて様々な意見や要望を出し合って、計画の段階から当事者も参画し、理解を深める必要があると、こういうふうに書いてありますけれども、これはそういう形で果たして解決できるものなのかどうか、そういう点についての、この内容で私も正にそのとおりだと思うんですけれども、具体的にそういうふうな障害の内容や程度、種類によって考え方あるいは要望が違ってきた場合に、これはどういうふうな形でいわゆる取組をしていくべきというふうに考えておられるか、ちょっと具体的なことも含めてお伺いをしたいと思います。

○参考人(竹中ナミ君) 最初に、なぜこのような活動を私が続けているか、あるいは続いているのかという御質問をいただきました。  拙著「プロップ・ステーションの挑戦」をお読みいただいたということで、大変ありがとうございます。その本の中にも書かしていただきましたけれども、三十年前に自分の娘が大変重い脳障害でしたので、生後三か月でそういう重症であるということがお医者様の話で分かったと。そのときに、どのように育てたらいいか全く情報がゼロであった。私は、ですから情報が欲しかった。それは、かわいそうに、気の毒にと言ってくれる慰めの言葉よりも、どうすれば楽しく生活できるのかとか、より良いことを彼女に、娘にしてやれるのかという情報が欲しかったんだけれども、残念ながらそういうプラス方向の情報は全くなかった。そこへもってきて私の父が、彼女からするとおじいちゃんですが、おまえがこんな子育てるのは大変で不幸になるから、わしが連れて死ぬとかいきなり言い出しまして、私としたら父ちゃんと娘をいきなり死なせるわけにいかぬじゃないかということで、絶対死なさへんためにも自分自身が、これはマイナスのことではなくって、必ずここからプラスを見いだしてみたいと、そしてプラスにできるような結果あるいはそういう社会を自分で作りたいなという一歩を、その父のある意味愛にあふれる脅迫によって踏み出したわけですね。  様々なチャレンジドの方と出会い、出会うことで、世の中はこの人たちのできないところを数えているけれども、実はできるところをたくさん持っていらっしゃるということを知り、私の活動の方向性はマイナスのところ、気の毒だねという、埋めていくところではなく、プラスの可能性を探して見付けて全部引き出すと。そのためには、人の力も、お金の力というのは私持っていませんからお金持っている人の力ですが、お金持っている人の力も、企業という様々なものを開発していらっしゃる方の力も、あるいは制度という政治にかかわっていらっしゃる方や行政にかかわっていらっしゃる方の力も、全部そこへ導入していただけるように自分自身がつなぎのメリケン粉の役ができないだろうかと。つまり、自分の娘に対して私一人でできることは余りにも非力であったがために、逆にいろんな方のお力をかりるということが私の日常であったわけですね。だとすると、それを社会全体に広げたときに社会の中の様々な分野の方のお力をかりるというのは私にとっては非常に自然の成り行きといいますか、自然な発想の展開でありました。  ですから、私自身は実は、コンピューター使った活動をしておりながら、いまだにコンピューターがほとんど使えなくって、最重度の方や本当に重い自閉の方でさえもお絵かきソフトで見事な絵をかかれたりしている横で、メールが送られへん、わあんとかいって泣いたりしているんですが。でも、その代わり、私はその方々が持っていない達者な口と強い心臓を持っておりますので、あんたは、じゃ、口と心臓で仕事していらっしゃいと、私たちはコンピューターや物作りで頑張るよというような、そういう意味で、その人の持てる力を出し合いして対等にチームワークを組んでやっていくプロップの活動そのものが、ある意味これからのユニバーサル社会の縮図であるのかなというふうに思っております。  ですから、それの結果を出せなければというか、結果を出すところまでやはりやり遂げて死ななければいかぬのだろうな、まあそんな大げさな使命というものではないんですけれども、少なくとも、私がそういった重症児の娘を授かって、そして父はおかげさまで八十四歳で、おまえが頑張っているから良かった、あのとき死なんで良かったと言って安心して死んでくれましたが、じゃ次、私自身が安心してそういう重症の子供を残して死ねる日本の国なのかと考えると、先ほども言ったように、非常に心もとない危機のある時代がもう訪れているわけですね。  それと、先ほどからやはり福祉予算をもっとというお話も出ていますが、今までの福祉予算というのは出る方の話ばっかりでしたが、出るということは当然入る方の話も絶対しなくちゃいけないわけですよね。そのときに、なぜか福祉は出る話ばっかりに終始していたけれども、どうやってそれのための入りを国民全体で維持していくのかというときに、もう一部の若い人の力だけでは無理だろうと、一部の若い人に頼る時代を続けていたんでは私は安心して死ねないよと。父は死にましたけれども、私が死ぬときにもうそういった入りの予算がない時代が来ていたとするとこれは大変悲惨なわけで、そういう意味で、入りと出と両方ともを均衡できるような福祉社会というのを私たち自身で恐らく作らねばならないのだろうということが、今日まで活動が続いており、なおかつ、たくさんの方と手をつなぎ合ってやっている大きな理由です。  それから、ユビキタスといいますか、ITの可能性についてですが、実はプロップ・ステーションが連携している組織がアメリカとスウェーデンにあります。  アメリカは、国防総省の中にあるCAPという組織です。アメリカの国防総省の中に、国防技術あるいはNASAなどの最高の科学技術を生かして、最重度の方を政府職員、つまり官僚ですね、あるいは教師であったり、あるいはアーティストであったり、あるいは企業のトップリーダーであるように育てる、教育し、そして社会へ送り出す機関があります。これは元々ADA法等に基づいて、特にベトナム戦争などのときにたくさんの傷付いた兵士をどのように社会復帰させるかというようなことから初めは考えられたというか生まれた組織だったんですが、それが今は、全米のチャレンジドたちがそういった様々な職業に就いて社会の中で活躍することをバックアップする組織になっています。なおかつ、そのような人の力を世の中に出すのは最高の科学技術でないと無理なのだという議論の元に立って大きな予算が組まれて推進されているんですね。  私、昨年六月に、アメリカのワシントンDCでアメリカのチャレンジド政策を議論する官僚会議に招かれて、一応日本代表ということで参加をいたしましたけれども、二十数人の各省の代表者の方が集まって議論される中に、七人の重度のチャレンジドの官僚がおられました。盲導犬を連れた方、白杖をついた方、あるいは電動車いす、指先しか動かなくて電動車いすの方、あるいは全く聞こえないので対面に通訳を、手話の通訳や口話の通訳をする方がいらっしゃる方などが各省の幹部として参画をしておられたわけですね。それは、アメリカが決して口先だけではなく本気でそのチャレンジドを納税者にするのだという政策をやってきた結果なのだと、私たちは余りにもアメリカのそういう部分を知らなさ過ぎるなというふうに思いました。  そのCAPという国防総省の中の組織とは日々情報交換をしながら活動を進めています。  片や、日本が福祉のお手本にしているスウェーデンでは、スウェーデンの国は昔から決してあのように福祉国家だったわけではなくって、百年前までは非常に国が貧しくて、障害者、高齢者を殺していました。これは正に殺していたんですね、こん棒とか、馬のしっぽの毛やガラス瓶を砕いたものを食事に混ぜるとかいうような形で殺していて、そういった歴史を決して忘れないようにしようというところからスウェーデンの福祉は出発しています。  百年前に、荒れ地で、スウェーデンの荒れ地で生育をするジャガイモが、発見といいますか改良品種として現れて、飢えがだんだんしのげるようになってきて、先ほども言ったように、約四十年ぐらい前にサムハルというスウェーデンの国策である大きな福祉工場的なところを生み出しました。この福祉工場は現在二十八のグループ企業である株式会社になっているんですが、最重度の最も障害の重い人たちからそこでお仕事できるように教育と技術指導とそして就労の場を作っていくという形で大きくなってきまして、現在、三万数千人の社員のうち二万八千人がチャレンジドでいらっしゃると。しかも、設立から毎年そこに注がれている税金に比べ、三十年後の現在は、それを超える数倍の利益を社会に対して還元している組織になってきていると。それは、正に自分たちの国が二度と働けない人を殺すような時代に戻ってはいけないのだという非常に強い信念によって、そうしたすべての人の力を発揮できる国になろうということでやってきた結果なんですね。  片や、日本は、障害者、障害が生まれる、障害児が生まれる、障害になるというのは個人の問題であったり家族や家の問題であったり、そこで何とか考えてくださいと、それに対して、大変でしょうけれども、お国や行政は少しサポートしましょうねみたいな形で、残念ながらこの問題に閉じ込められてきた。  でも、それは日本の家という機能が今よりもっと機能していた時代にはそれで何とかしのげたんですけれども、もうこれからの少子高齢社会においては全くそのようなことは現実的に不可能で、アメリカ型であれスウェーデン型であれ、私たちはもうそろそろ、何度も言うように、発想を百八十度転換しなければ私たち自身が生き残れない。決して、だから障害者をかわいそうと見るのではなく、むしろこれからの少子高齢社会にとって最も重要な知見を持たれた方々であり、その人たちが力を発揮できるということこそが日本を救うというような意味で先ほどの「プロップ・ステーションの挑戦」という本も書かしていただいたわけです。  ここにやはり、先ほどから言っているように、コンピューター技術というのは非常に大きな力を発揮しますので、アメリカ、スウェーデンもともにそういうものを、最高の科学技術をそこに投入されているということは、私は大きな日本にとってもヒントになるのだろうと。そして、日本がその両国から学んだこと以上のことが私はできると思っていて、先ほども言いましたように、国交省だけではなく、実は厚労省を始め各省がユニバーサルに向けて今新たな制度をたくさん作ろうとしてくださっておりまして、それによって恐らくその両国に負けないものが日本にも生まれるであろうと。そして、それは逆に、今度はアジアの人たちにですね、日本がそういうアジアの方々に豊かさを広げることができる、あるいはアジアのチャレンジドの人たちの力も生かすことができる日本になる一つの大きな要素でもあるのかなというふうに思っています。

○参考人(石川嘉延君) 市町村との連携のお話でありますが、ポイントといいますか視点は三つあると考えております。一つは啓発、市町村そのものへの啓発ですね。それ、まあ啓発と関連いたしますが、二番目は情報の提供とか技術的な観点からの助言ですね、これが二番目。三番目は県の持っております様々な市町村に対する助成事業、補助金事業がありますが、そういう中にユニバーサルデザインを取り込んだ場合には特別な加算があるとか、そういう視点からの事業に援助するとか、そういう助成事業を通じて普及を定着を図る。その三つの角度、視点から行っております。  具体的には、啓発であれば講習会の開催、そして、あわせて情報提供とか技術的な指導とも裏腹になりますけれども、県はこれまで市町村とも連携をした大型の各種イベントをやってまいりました。例えば国民体育大会、国体でありますとか、今年四月、来月から半年間、国際園芸博覧会を開催しますが、これも市町村で半分、半数以上が関連事業をやるということになりましたので、そういうものを通じて例えばユニバーサル園芸を普及するとか、それを市町村と一緒にやることによって市町村職員も意識の啓発になると同時に技術的な様々なノウハウも習得する。あるいは、国体のときにも県内ほとんどの会場、市町村が会場になったり関連事業をやりましたから、そういうのを契機にして施設のユニバーサルデザイン化を徹底する。あるいは、運営に当たってもユニバーサルデザインの発想に立った運営をする。ホームステイもどんどん我々は利用しましたから、そういうものを通じて市町村が住民に対してユニバーサルデザインの普及をするときの我々は後押しとか情報提供をする。そのためにガイドブックを作るとか、いろいろな普及啓発のための仕組み、仕掛け、手だて、これを用意してやっております。  それから、総合補助金制度や、あるいはコミュニティー施設に我々は補助制度を単独で設けております。集会施設ですね。そういうときの整備に当たっては、ユニバーサルデザインの観点に立った施設整備をするというのを条件にするとか、そういう助成制度を通じてユニバーサルデザインの市町村における普及徹底を図ると、そういうことをやってまいりました。

○参考人(天海正克君)(中村尚子君陳述補佐) お手元にお配りしたこの「30センチの安全地帯」の本を見ながらお話をします。  カラーのページにあるところを見てください。もう既にごらんになったとは思うんですけれども、ここに、カラーのページから、一ページ目も、その次のページもめくると、三十センチの黄色ならば分かるけれども、千葉に敷設された突起だけの点字ブロックだと、弱視の人が見たというような映像で撮ってあるのが右側に全部あるんですけれども、それだと足下しか分からないということがお分かりいただけると思います。  意外と思われるかもしれませんが、視覚障害といった場合、半分以上の方が弱視です。障害といってもいろいろありますけれども、例えばこの点字ブロックの敷設に関して障害者の意見をということで、障害福祉課の方は障害者の意見を聞いたというお答えでした。その場合も、実は全盲の人だけの意見を聞いていたんですね。全盲の人も、それも意外と一人で歩いている人ばかりではなくて、ガイドヘルパーの方と御一緒に歩いている方も多くいらっしゃいます。そういう方の意見だけでは視覚障害者のバリアというのはなかなか分かりません。いろいろな条件を変えてみて、障害者の方々が対応できるか、いろいろな障害に対応できるかということを考えていかなければいけません。  次に、点字ブロックと、車いすが運転しづらいという点についてですが、例えば歩道の幅がそれなりにあれば、点字ブロックが敷設してあるところを車いすはよけて通ることができます。その意味でも、ここに点字ブロックが敷設してあるということが明確に分かることが大事です。いろいろな障害の人の意見を聞くということが大事という点で、交差点の段差の問題を挙げました。  ここであえて結論は書いていないんですけれども、車いすならどれくらいの段差なら衝撃がないのかということを、例えば電動の方や手押しの方、それぞれ意見をぶつけ合うことが大事だということを強調したのです。計画の段階から様々な人が意見を出し合うということを主張いたしました。  それから、駅のことですが、駅の券売機や銀行のATMがタッチパネルになっているということで、例えば視覚障害者だけではなくて、運動性の麻痺のある肢体障害者などは、正しい位置に触れることができずに誤作動してしまいます。  タッチパネルというのは、ユニバーサルデザインとして考案されたものだと思われますけれども、これがかえって障害者に使いにくいという問題があるのです。最近は、トイレに入っても様々なスイッチが付いているところがあります。これが本当に障害者に使いやすいのかということは検証してみなければ分かりません。ユニバーサルデザインを重視するということは大変大事なことですけれども、その中にバリアフリーの観点を見失ってはいけないと思います。

○谷博之君 どうもありがとうございました。



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